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2017.9.22 | カテゴリ:ブログ

慈悲の瞑想

朝晩がずいぶん涼しくなり、
過ごしやすい季節になりました。
 
わが町では、
澄んだ夜空に秋月が輝き、
松虫や鈴虫の声が響きわたり、
日増しに秋の深まりが感じられます。
 
自然の変化が心地よく感じられる
この季節は、じっくり自分自身を
見つめ直すのに最適な季節でもあります。
 
今月から安養寺では
瞑想実践会を再開いたします。
時間は10:00~17:00と長くなり、
安養寺で前泊や後泊も可能となります。
 
9月のテーマは「慈悲」です。
慈悲について学び、瞑想を実践し、
グループワークでさらに学びを深めます。
 
ここでは仏教で説く
慈悲の4つの要点「慈悲喜捨」
について考えてみたいと思います。
 
「慈」とは、
人を幸せにしたいと思う心であり、
人に幸せをもたらす実践でもあります。
 
ときに、私たちは、
人を幸せにしたいという思いが空回りし、
かえって相手を苦しめてしまうことがあります。
 
そうならないためには、
まず相手の声にしっかり耳を傾け、
その思いを深く理解する必要があります。
 
相手に対する深い理解があってこそ、
何をするべきか、何をするべきでないか、
適切な言葉や行動を見極めることができるのです。
 
「悲」とは、
人の苦しみを和らげたいと思う心であり、
人の苦しみを和らげる実践でもあります。
 
まず、思いやりをもって、
相手の声にしっかり耳を傾け、
その苦しみの本質を深く理解する必要があります。
 
苦しみの本質を深く理解してこそ、
適切な言動により、安心感を与え、
苦しみを和らげることができるのです。
 
先入観を持たずに、
相手の声に耳を傾けるためには、
集中して深く観察する訓練が必要です。
 
マインドフルネス瞑想では、
自分自身の呼吸に意識を向け、
心や身体の状態を観察することで、
集中して深く観察する訓練をいたします。
 
「喜」とは、
慈や悲の実践にあたって、
喜びが伴うことの大切さを説いています。
 
相手が苦しんでいるからといって、
自分も同じように苦しむ必要はありません。
 
自己犠牲の精神は尊いのですが、
時間の経過とともに、徐々に苦しくなり、
相手にも精神的な負担をかけることになりかねません。
 
自分自身が喜びを感じていてこそ、
相手にも喜びを感じてもらうことができるのです。
自他ともに喜びのある慈悲の実践を勧めています。
 
「捨」とは、
執着しないこと、
相手を束縛しないこと、
相手の自由を奪わないことです。
 
愛情が強くなりすぎると、
愛着(執着)に変容してしまいがちです。
愛着から相手を束縛してしまうのです。
 
また、愛着は、
自分自身の心も束縛してしまい、
自由な心の働きを妨げてしまいます。
 
真の愛情とは、
自分の心も、相手の心も束縛せず、
自由な心の働きが許されるものでなくてはなりません。
 
愛着以外にも、
自分自身の心の中に
こだわりやわだかまりがあると、
自由な心の働きを妨げてしまいます。
 
そのため、
慈悲を実践するべき相手は、
まずは自分自身ということになります。
 
自分自身の呼吸に意識を向け、
身体の状態や心の状態を深く観察します。
 
自分自身の身体や心が発している
メッセージにじっくり耳を傾けます。
 
身体や心が休息を望んでならば、
休息することが慈悲の実践となります。
 
心の中のわだかまりが、
解放をされることを望んでいるならば、
その取り組みが慈悲の実践となります。
 
自分に対する慈悲の実践を疎かにして、
どうして他者に対して慈悲の実践ができるでしょうか?
 
9月の瞑想実践会では、
慈悲喜捨をテーマにして、
さらに踏み込んだ学びをいたします。
 
前半は、自分自身に対する
慈悲の瞑想を中心に取り組みます。
身体や心の状態を深く観察していきます。
 
後半は、他者に対する慈悲の実践について
グループワークに取り組み、さらに理解を深めていきます。
 
9月の瞑想実践会について、
まだ少し残席がございますので、
ご興味をお持ちの方は下記からお問い合わせください。
 
Anyoji Sangha~マインドフルネス瞑想実践会~