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2020.5.29 | カテゴリ:ブログ

深く観る瞑想(資料1)

『般若心経』の冒頭に、
「観自在菩薩」が登場します。
 
「観」は「深く観る」
「自在」は「自由自在」
「菩薩」は「目覚めた者」
 
観自在菩薩とは
「現実の本質を深く観る実践により
 もろもろの束縛から解き放たれ
 自由な心を獲得した者」
を意味しています。
 
観自在菩薩という名称には、
仏教瞑想の方向性が集約されています。
 
「観」と対になる言葉として
「止」があり、あわせて
「止観」といいます。
 
「止」(梵:シャマタ)
   =「止まる・鎮まる・集中する」
「観」(梵:ヴィパシャナー)
   =「深く観る」
 
「止」散乱する心を鎮めることで、
  ↓ 集中力が高まる。
「観」集中力が高まることで、
  ↓ 深く観ることができる。
「止」深く観ることで、
  ↓ より集中力が高まる。
「観」より集中力が高まることで、
   より深く観ることができる。
 
というふうに、
「止観」の相互作用により、
深く観る力が高まっていきます。
 
そして、
深く観る力が高まることで、苦しみの
本質を深く理解できるようになります。
 
さらに、
苦しみの本質を深く理解することから、
慈悲(慈しみ憐れむ)の心が溢れ出てきます。
 
観自在菩薩(観音菩薩)は、
「慈悲の菩薩」として知られていますが、
その背景には、深く観る実践により
得られる効用があるといえます。
 
観自在菩薩にも苦しみがあり、
そのあるがままの現実を深く観て、
苦しみの本質を深く理解することで、
すべての苦しみを乗り越えたのです。
 
苦しみの本質を深く観る実践により、
苦しみを乗り越えた体験があればこそ、
人々の声に真摯に耳を傾けることができ、
大いなる慈悲の心を持つことができるのです。
 
 
[参考文献]
岩波仏教辞典(1996)岩波書店
Thich Nhat Hanh(2017)
“The Other Shore” Palm Leaves Press


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